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広島高等裁判所 昭和47年(く)24号 決定 1972年11月07日

少年 I・G(昭三一・三・一生)

主文

原決定を取り消す。

本件を広島家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は附添人弁護士新谷昭治作成の抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

そこで、本件各少年保護事件記録ならびに少年調査記録にもとづいて検討すると、原決定も説示するように少年は幼少時から、家出放浪の習癖があり、自宅から現金の持ち出しや、家出を反覆した挙句、万引などの非行に及んだため、昭和四一年以降四年間にわたつて養護施設に収容されて養育を受けるなど、いわゆる早発性非行の前歴を有するばかりでなく、本件窃盗事件のほかにも当時、窃盗など数回にわたる非行を重ね、しかもこの間、頻繁に転職と放浪生活を繰り返すなど職場への定着性もないまま、放縦怠惰な生活を送つていたこと、および少年の家庭は母親のみの欠損家庭であつて、少年自身も家庭帰属感が薄く、また母親は監護能力に著しく欠けることが認められる。かかる事情に徴すると、少年の非行傾向はかなり進行していて、再非行のおそれが多分にあるものと認められ、しかも家庭における保護能力には到底期待できない状況にあるから、この限りにおいては、少年の健全な育成を期するためには収容保護の措置をとることもやむを得ないものとして少年を中等少年院に送致した原決定の処分も一応首肯しうるところである。しかしながら、前記一件記録によつて明らかなように、少年には従前なんらの処分歴もなく、本件は家庭裁判所におけるはじめての処遇であるから、もし少年の家庭以外に、少年を引き取り、厳しい中にも愛情を以て監督指導するに足る適当な保護資源があるならば、一度は在宅保護を受ける機会を与え、自律更生の途を講ずることののぞましいことはいうまでもないところである。そして、当審における事実取調の結果によれば、原決定後、広島市内に居住して電気工事業を営む少年の伯父であるM・Gが母親の監護能力に欠ける事情を考慮して、母親に代り少年を自宅に引き取つて同居させ、電気工事業を手伝わせる傍ら、少年の希望があれば、定時制高等学校に通学させるなどの措置をとつて少年の更生のために保護監督したい旨を当審に申し出ているばかりでなく、一方少年も鑑別所の収容を経て中等少年院に送致されて約三ヵ月間施設での生活を体験して、従前の行動を反省し、ようやく向学心にめざめて復学し更生しようとする意欲をもつに至つていることが認められ、かかる事情を総合すると、いま直ちに少年を中等少年院に送致しなければならないほどの要保護性が存するものとは認められず、暫時試験観察に付して少年に自律更生の機会を与え、その行動を観察して、それに応じた処分をするなど在宅保護の措置をとるのが相当であると思料される。してみると、少年を中等少年院に送致した原決定の処分には著しい不当があるといわなければならない。よつて少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により、原決定を取り消して、本件を広島家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 栗田正 裁判官 久安弘一 片岡聰)

参考一 昭和四七年九月一三日付 附添人弁護士・法定代理人親権者母の抗告申立書

抗告の趣意

原決定には次のとおり処分の著しい不当があるので、原決定を取り消し事件を広島家庭裁判所へ差し戻すべきものと考える。

一、原裁判所は本件保護処分決定に当り少年の性格および非行化傾向が実母の性格、養育態度に負う点を指摘し、少年の徒遊、放浪非行という生活パターンが固定的となつている旨認定した。

なるほど少年は幼時にして欠損家庭に育ち(少年三歳時に実父母協議離婚)、母が仲居として就労するにおよび家出、金銭持出、或いは窃盗などの触法行為があり、このため昭和四一年四月保護者母の同意による○○学園への入園となつた。

その後昭和四五年三月右学園を退園するまではもちろん、昭和四六年五月○○高等学校中退に至るまでの間には、問題行動は何ら見当らず、○○○中学校および○○高等学校の各学籍照会回答書によると、欠席は殆んどなく内向的性格の指摘はあるもとくに問題となる記録も、虞犯、非行的行勤の事実もない。

ところが中退後の昭和四六年六月頃をはじめとして家出、金銭持出、放浪、母親に無断での就職、転職(家出中)が繰返されるうちに本件非行行為の敢行となつた。原裁判所が指摘する如く本件非行行為は之ら一連の問題行動の一つであると考えることは出来よう。然し、少年の右行為は直接には昭和四六年六月以降のものであつて期間的に考えると過去約一年間に過ぎず、母子対話の乏しい家庭に自らの落着き場所が得られず家出となつたもので、家出中は、自らの力で働く場所を探し、生活を立てようとしながらも身体虚弱(背髓、膝関節炎)と若年の故に対人的適応性を欠くために、転職、放浪に至つたものと考えられる。

従つて右のような生活パターンがすでに固定的というには早計であつて現在少年が一六歳という若年層にあること、自立的意欲、向学心があり一方反社会的行動や不良交遊等の感染のない点を併せ考えるとなお、充分に可塑性に富み、後記と相まつて少年の情緒的安定と性格の矯正、ひいては再犯の防止の見通しは強いものと考えられる。

二、環境調整、保護態勢の整備

1 少年の生育過程において少年と保護者母との家庭内融和、母子の対話が必ずしも充足されず、母の干渉過剰と愛情の不適切な表現にあつた家庭環境と無関係でないことが窺われる本件において受入態勢を整備することが急務のことと思われ、かつ之をもつてかなり矯正の効果は果し得るものと考えられる。

2 母は、今後少年の自主性を出来る限り尊重し過剰な干渉を避けながら、先ず気持の融和ができるよう自ら努力を誓い、現に本件を契機として母親として気持の持ち方に強い反省をし、個人的に右の指導を受けつつある。(広島市○○町×丁目×-××○○寺住職○竜○氏)

3 母M・Eの実兄であるM・Gは今○○電気工事を経営するものであるが、従来母が自分の家のことは自分の家だけで解決しようとし、積極的に他人の援助指導をうけようとしなかつた点を反省し少年の将来の為には、虚栄や外見でなく、真に少年およびその家庭の実情、経歴の理解を得たうえで指導、協力、援助を積極的に求めようとしており、かつ之に応じて少年の非行歴、性格的特性を了解のうえで少年の更生に熱意をもつて協力を申出頂いている社会資源の存在は、重要な点と考える。

(少年の母M・Eの実兄広島市○○×丁目×番××号○○電気工事M・G氏)

4 被害の弁償

添付領収書二通はいずれも本件非行に関連する被害弁償に係るものである。右も単に民事上の損害賠償義務を果すという意味以上に少年と共に苦しみながらも将来の生活を立て直そうとする母の気持の顕現である。

5 少年は父とは、父母離婚後時折往来はあつたものの、最近相当期間は疎遠となつていた。

然し本件を契機として少年の将来の更生の為に父親の指導援助が得られればその支えを求めたいと考えている。即ちたちまち父親に少年の引取監護を求めると言うのではなくとも、日常生活の中で時に食事を共にし、時に共に遊びと言う機会が得られれば少年の情緒安定或いは社交性、対人適応性に利ありと考え今後長い時間をかけてでもこの方面での検討をしたいと考えている。

6 以上のとおり母親はもとより少年をとりまくあらゆる社会資源の活用とそれらの熱意によつて少年の将来に期待が寄せ得る見通しがある。

三、少年の反省と自覚

少年はこのたび少年院より母あてに「仮退院できるまで一生懸命やります」「社会に出たら一生懸命がんばります」「心も体もきたえます」「ぼくは足は悪いけど、それであまえてばかりいられません、それはみんな一諸に生活やつていけないからです」とその心情を便りに記している。

このことは自らの非行を強く反省しながら、将来にかけて心身共に力強く更生しようと強く熱望し、しかも従来とかく問題のあつた母子関係につき強くその支えを母に求めていることが明らかである。

之に応えて母親においても懸命の努力を誓つていること前述のとおりである。

四、収容処分の不当性

以上の現状に照らせば、少年法に基づくはじめての保護処分において家庭環境の不安定、少年の性格的特性等を理由に収容処分をなした原裁判所の判定はすでに不相当なものとなり、今度右保護態勢に期待し、保護観察等在宅保護による治療の余地を認めその機会をもつて然るべき事案と考えるものである。

参考三 少年調査票<省略>

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